雌雄関係なく美しいものには巻かれる主義である。猫は本来、人には懐かない。私とて今日会ったばかりの人間になどはじめましてー
とはならない。さっき会った犬は、妙に懐いていた。どういう神経なのか、犬固有の忠犬主義なのか?にしろ、どういう人間なのかも知れぬものにニャンニャンと甘えられる訳がない。
本日は、ペットのイベントというものらしく、当然選ばれた私だったのだ。犬もまた同じくどこかのコミュニティーからの抜擢であった。当然人間も選ばれたに違いない。
犬が言うには有名な俳優だと。
確かに見た目は整っている。甘い声が売りなのだろうか?
「サワディー 猫ちゃん」
などと言い私の体毛を撫でた。
「知らないの?シントープラチャヤくん。今一番ホットで格好いい俳優さんなんだよ!今日の共演めちゃくちゃラッキーだよね!」
…知らないな… 甲斐甲斐しく世話を焼く人の顔ならじっと見るが 気まぐれに近づいた者の顔など見もしない。おもむろに手を出して全身を撫で回すなど言語道断だ。
しかし、私もこの業界にいる いち個猫としての振る舞いがある。 シントー…ライオンだと?大層な名だ。同じ猫科目なのか?いや解っている.....同業者という点では 敬意を示すが 下手な馴れ合いはする必要はない。
因みに言っておくが、私にも恋人がいる。黒猫だ しなやかな肢体に黒豹のごとき毛並み 鋭い目つきに私はイチコロだ。細いが筋肉質な前足で私の美しい白い毛を梳く。全身が逆立ち、低く唸る声にたまらずこの身を預ける。完全に腹を見せ恋人に愛される この瞬間の為に 自分は高みを目指す。
と言うわけで いくら美しいと言われる人間に 愛嬌を振りまくつもりもない。
更に犬はまくし立てる。
「でね~ リードつけてランウェイしたんだけど あ、仕事の一つね~ その後 お利口だねって誉めてくれたんだ!嬉しくって立ち上がってありがとうって言ったの!でねでね その時 オスの匂いがしたんだぁ、シントーじゃない匂い!」
「猫か? 犬か?」
犬はブルブルと全身震わせ 違うよ!と私に近づく。思わず 身を引く。 違う雄の匂いを恋人は嫌う。たとえ知り合い猫であってもだ。
「本当に何にも知らないんだね、、、シントーの恋人だよ~ 可愛い男の子なんだぁ」
羨ましいなあなと 舌を出してクルクルと回る犬。
普通 一緒にいれば恋人の匂いは付くものだろう。男とてはどうでもいいが、何故そこまで羨ましいのだ。飼い主の匂いなど気にしたこともない。
犬曰わく、見てご覧よ ステージを取り巻く女の子達はみんなシントーに釘付けなの!僕たちはただのエッセンスという名の小道具だよ!と……確かに、むせかえるほどの 熱量が向けられている。私の毛一本一本が湿気を帯びている。私は身を捩り、シントーの腕から抜け出そうと試みた。それにしても柔らかい。。。。。
触れる指の繊細さ、優しさが体面に直に伝わってくる。いかに私を不快にさせまいとの扱い方だ。良い人間だ。もうしばらく抱かれていよう…。
犬は体験談を話す。
「僕さぁ 共演に舞い上がっちゃって、シントーの膝に前足置いちゃったんだ~ 間近で見るとテレビで見るなん百倍もカッコ良くて 思わず太ももタシタシしちゃったの でもね 僕やっちゃった!って気づいたの…エアーのみんながいたこと忘れてて 写真撮られてるよね…ヤバい シントーの恋人SNSで見ちゃう…こんな事してるのバレたら嫌われちゃうって…」
2人は仲良しだから 妬かせて悲しませたくないんだ
そう言って 犬は仕事を終えて退場した
イケメン ショートパンツ 生足
恋人の居ない場所ではご法度
一体どういう思考だ?
はしゃいでいた犬の落ち込みよう
太ももタシタシは肉球を揉み癒される人の心情と同等だろうが…
私は察知した。同時に自己の信条も再確認だ。
愛くるしくてなんぼ
可愛がられてなんぼ
仕事をこなす上でこれができなきゃコンプライアンスに違反する。猫個人としても強く主張したい。
だが 私とて恋人には絶対的に従順である。他の雄猫とは寝ない主義だ。おそらくシントーの恋人は私と似たもの同士。愛されたい種族
自分に愛を向けられることで感じる優越感
きっとある… 猫寄りの人間だ。
今からでも遅くはない仕事上のルールを定義してくれ 絶対的規範があるに違いない。それを踏まえ この人間の膝や肩は私がスリ付いても良いか否か…
解らないだろう
猫の気持ち。
ギクリとする心情。
猫と僕 どっちが大事?
恋人はそう詰め寄るのか?どうでもいいが、、、
私が次第にビシビシと感じる不穏な空気。
誰か言っていた
無理なら逃げてもいい
今じゃないか? 無理せずサッと後ろ足を蹴る時は。
移り気な猫だと思っていなよ
微かに香るシャンプーに混じる雄の匂い
私には嗅ぎ分けは出来ないが、
犬は本当に鼻が利く生き物だ。スイカの香りに、人間の体液のミックスー!と息を弾ませていたな。
ペットとお出かけ… 今日はもう帰りたい
疲れたよ
陽の当たる窓辺で昼寝がしたい…