「今頃 雪山で楽しんでるんだろうな。」
「バイトなんだろ?働いてるさ そんなことより ちゃんと寝ろ」
湿度の高い 敏の部屋 加湿器と暖房で軽く汗をかくほどだ。
流行りの風邪を追い出すためだ 仕方ない。
「けい 部屋に入るなって言っただろ...」
「ラインを恨むんだな。ゆきが倒れたって打ったあきらもな」
俺にとっては 好都合だったけど
本当なら、敏がスキー小屋のバイトをしてた 海と...
双子には 気づかれたくはないが 敏が病気になったことは 安心できる一因。まだ引きずってるのなんて思われたくはない。
どこまでも 敏を信じていない訳ではないよ... ただのエゴ。 一緒にバイトが嫌だっただけ。
「うつっても 知らないよ」
熱で上気した顔は赤く 虚ろ
文句だけは いつもと同じように荒い息とともに吐き出される。
「その時は ゆきが看病してくれるよな?」
「知らないよ...ん、、でも けい...ありがとうね」
敏の額にのせたタオルを冷たい氷水に浸す。
ベッドサイドは近すぎると、ネストテーブルを部屋の隅に移動し、必要なものを集めた。
「マスクしてるし 平気、キスもしないから。」
タオルを額に戻すと、冷たさに身震いする。
「馬鹿...今日は冗談通じないから...」
モゴモゴと口ごもり、赤い顔が更に赤くなった気がした。
「すぐに薬が効くよ ゆっくり寝な」
椅子に凭れて スマホを弄る
時折 敏の方へ視線を向けると こっちを見ている
眠れないのか? 熱はまだ高い
「けい まだここにいる?」
「いるよ ゆきが眠るまで」
軽く咳き込んで、痛みに顔を歪める。
簡単には眠りに落ちるのは無理そうだ
「いつまでも眠れなくて 退屈するよ?」
「大丈夫。ゆきの傍にいて退屈なんてない」
髪を撫でて 痛みを和らげてあげたい
胸をさすって 穏やかに呼吸をさせたい
たった3メートルの距離くらい離れていたって ウイルスは充満しているだろうに
敏は傍にいて欲しいんだ
病気の時って 誰かが傍にいる安心感
俺だって 遠い昔 母がしてくれた良くなるおまじないも覚えている。
「そうだ...けいのお母さんが小さい頃やってくれたおまじない覚えてる?」
勿論。
だけどそれをするには ウイルス保持者に最接近しなければならないよ
熱と甘えの狭間で揺れる敏の目に
俺は 秩序のリズムを調律できなくなる
「近づいて良いなら してあげる」
うう...と唸り 迷いをみせる
弱った心は 俺に近づいて欲しい癖に
「楽に なるもんね、、、あのおまじない...」
ああ もう まったく! 病気の時くらい素直になりなよ!
3メートルを一気に縮め
敏の鼻先におでこを寄せる
「目を閉じて。」
ゆっくりと目を閉じた 敏の額に口づける
母の優しい声を真似て
おまじないの言葉を唱える
「よく眠って 良い子は 次の朝 お母さんの美味しいご飯を食べれるのよ」
目を閉じたまま 微笑む敏に
もう一度口づけた
愛してるの言葉をおまじないのオリジナルに加えて...。
終
☆あきらとゆき これにて終わりです。